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あなたがオフィスで使っているワープロ機能は、80年代初頭にマイクロソフトWordの最初のバージョンが出荷された際に設計されたものだ。この原始的なテクノロジーはその後何度もアップデートを重ねてはいるものの、今ではすっかり過去の遺物となった紙とキャリッジリターンとインクリボンの世界をモデルとして作られている。

表計算ソフトやデータベース等の中心的な業務支援ソフトについても同じことが言える。こちらの歴史はさらに70年代にまで遡る。MacWeekの創始者として、私はこれらの技術革新の波が頂点に達し、やがて壁にぶち当たるのを見てきた。そして、業務支援ソフトに関してはもはや真の革命が起きることはないだろうとあきらめかけていた。

そこにQuip登場したのだ。

過去との決別

Quipはおそらくタブレット時代用に設計された初のワード・プロセッサーだが、Word 1.0が1983年にリリースされたときほどの熱狂は生まれていない。

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Quipの特徴はチャット機能と共同編集機能だ。似たような機能はGoogle DriveZohoといったWebベースのテキストエディターサービスにも見られるが、スタンドアローンのワープロではこれまでになかった。

quip-notifications魅力的な共同編集機能以外には、Quipは必要最小限の機能のみを備えている。指定できるフォントサイズは「paragraph」「heading 」「list」の3種類しかない。

機能ボタンも次の3つだけだ。
・段落記号で示される「Format」
・画像や表等の追加要素をを挿入する「Insert」
・ソフトウェアキーボードを非表示にする「Done」

「Insert」ボタンでは、おなじみの「@」マークを使って他人にメッセージを送ることもできる。ここがQuipの優れた点であり、これによって共同編集が可能となるのだ。誰かが文書に変更を加えると、直ちにチームの他のメンバーにemailが届くようになっている。

Quipでは文書変更が実にスムーズに処理される。文書のどこかに修正が加わると、修正通知がチャットストリーム上に表示されるのだ。各通知はちぎった紙のようなデザインで表示される(上の画像中右端のスクリーンを参照)。複数の変更があった場合は紙を束ねたような表示となり、紙の束をクリックすると表示エリアが広がって個々の変更点が現れる。
※このようなデザインは「スキューモーフィズム」と呼ばれる手法である。Quipが置き去りにした紙主体の文書に対する謝辞が込められているのだろう。

Quipの共同設立者であるKevin Gibbs氏によると、この修正通知の名称は「diff(差分)」というらしい。彼はこのdiffを束ねたデザインに非常に満足していると語っている。

スピーディーなスワイプ操作が主体となったモバイル時代においては、物事をシンプルにすることが重要だ。Quipがワープロの在り様を再構築した背景には、このようなモバイルプラットフォームの著しい変化があった。

金の卵を産むガチョウは死んでしまった

マイクロソフトWordは新しいプラットフォームであるWindowsを武器に、80年代にPC市場を占有していたWordPerfectを駆逐した。マイクロソフトがWordとそれに続くOffice製品を発売した後、WordPerfectのマーケットシェアは50%から10%以下にまで一気に落ち込んでしまった

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今とあまり変わらないWord1.0の画面

変革の必要性を告げるゴングは高らかに打ち鳴らされた。このゴングにまず耳を傾ける必要があるのはGoogleだ。同社は2007年9月に、Officeの競合製品であるWebベースのサービスGoogle Docsを無償でリリースしている。現在このサービスはGoogle Driveと呼ばれており、共同編集作業をしやすいように再設計されたファイル共有機能が主軸となっている

Googleは2011年10月の時点で、全世界で400万社の企業と4000万人のユーザーがOfficeシリーズに類似するGoogleアプリケーション(Gmail、Google Talk、Google Calendar、Google Docs)を使っていると発表した

Googleはさらに2012年6月のI/O カンファレンスにおいて、Gmailを使っている人の数は4億2500万人で、Googleアプリケーションのビジネスユーザーは500万人だと言及している。
※Googleは2012年12月に中小企業向けのGoogleアプリケーションの無償提供を廃止し、その結果明らかに訴求力が衰えている。

しかし、500万人ごときはマイクロソフトOfficeにしてみれば大海の一滴に過ぎない。何しろOfficeユーザーは全世界に5億人も存在しており、マイクロソフトの2012年の収入730億ドルのうち240億ドルに貢献しているのだ。

Microsoftの話はここまでにしておこう。ドイツで言うところの「Die fetten Jahren sind vorbei(豊年は終わった)」である。もしくはSteve Jobsが語ったように、「ポストPCの時代が到来した」のだ。

次世代を担う多すぎる候補たち

Googleを別にすれば、現在のところQuipの最大の敵はPagesアプリを10ドルで販売しているアップルだ。PagesはiWorkの3アプリのなかで最も人気があり、App Storeでも「人気の有料iPadアプリ」リストの8位にランクインしている。このことから、アップルが1億5500万人のiPadユーザーにどれだけのPagesアプリを販売したのか推測することができよう。

iwork_ipad_jan102010年にBusiness InsiderはiPadアプリ市場を分析し、アップルのiWorkアプリ(Pages、表計算アプリのNumbers、プレゼンテーションアプリのKeynote)の年間売上高を4000万ドルだと推定している。

マーケットの規模は2010年当時に比べて4倍になっているため、現在ではiOSデバイス(iPhone、 iPad、iPod Touch)における iWorkアプリの売り上げは年間1億6000万ドル近いということになる。KeynoteとNumbersは「人気の有料iPadアプリ」中それぞれ20位と23位に陣取っていることから、Appleは今やPagesのモバイルアプリで年間ほぼ8000万ドルを稼いでいると推測してよいだろう。

アプリ販売数に換算すると年間800万本となり、これは2012年のiPad販売数の12%に相当する。この試算は販売されたiOS端末が全てiPadだという前提で行われているのだが、アップルが2012年に1億3580万台のiPhoneも売り上げていることを忘れてはいけない。

また、もしAppleとGoogleが存在しなかったとしても、iTunesのApp Storeで「ワード プロセッサ」と検索すると123件もの iPad アプリがヒットする。同様の検索をGoogle Playストアで行った場合は48件のワープロアプリがヒットし、Quipもその中に含まれる。

Quipが最大5ユーザーまで無料で提供されている理由はここにありそうだ。5人を超える団体(最大250ユーザー)がQuipアプリを使用する場合は、1人につき1ヶ月あたり12ドルを支払う必要がある。iPadの販売やiCloudストレージの契約を促進するためにアップルがPagesやその他のiWorkアプリを無料にするという噂があるのだが、もしそうなったらそれはQuipへの挑戦だと捉えていいだろう。

Quipは競合サービスより速く進化しなくてはならない

Quipを取り巻く光景は80年代初頭に似ている。当時のソフトウェア メーカーは、一体どんなソフトウェアが売れるのか、またPCを売るためにはどんなソフトウェアを出せば良いのか、ということを懸命に探っていた。カンブリア爆発による多様化が起こり、最終的にはマイクロソフトの進化によって他は淘汰された。

Quipには(1981に発売されたMultimateのような)機能が足りないという人がいるかもしれないが、Quipはいわば業務支援ソフトの屍が悪臭を放つ部屋に吹き込んだ一陣の新しい風なのだ。またQuipが開発されたスピードを考えれば、今後も開発チームが機能を追加してくれることに期待できるだろう。古い時代遅れの機能の模倣ではない、正しい機能をだ。

デスクトップ コンピューターや紙とレーザープリンターを捨て去った時、ユーザーにとって重要な機能とはなんだろうか?我々はテキストを作成したいのか?それとも本当はコミュニケーションを図り、情報をシェアしたいのだろうか?その答えは、我々がタブレット時代にどんなツールを選択するかによって導き出されるだろう。

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