派手なマーケティング方法を展開し、奇抜で「月旅行のような遠大な(moonshot)」プロジェクトの指揮を取ってきた「Google X(※)」の責任者アストロ・テラー(写真)だが、どうやら控えめな表現をするのが得意な人らしい。

※グーグルにおいてGoogle Glassなどの次世代技術の開発を行う研究部門

先週米紙Vanity Fair主催の「ニュー・エスタブリッシュメント・サミット」が、サンフランシスコで開かれた。その際にGoogle Glassの責任者は、顔につけるタイプのウェアラブル商品の発表に対し何に手間取っているのかをこう説明した。「ウェアラブル商品は、一筋縄ではいかないのです。」

なんとも洞察力あふれるコメントではないか。

しかし、彼の意見も一理ある。ガジェットがその域を超え、アクセサリーとして世界の注目を浴びるようになるとき、これまでのルールは通用しなくなる。サイボーグの一部のようなものを消費者が顔につけるということは、テラーが言うには、「そう簡単にはいかないお願い」なのだそうである。だからこそ、そのデバイスを使うのに十分すぎるほどの価値が求められるのだ。

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しかし、話はそこからおかしくなっていった。なぜなら、テラーは、ステージ上で耳にかけた空色のGoogle Glassをこれ見よがしに見せびらかしながら、ウェアラブル・デバイス・メーカーが、彼らのデバイスの便利性を細かく説明することの重要性を語りだしたからである。そうかと思えば彼は、かけていたGoogle Glassを変えて、新しいカテゴリに挑むガジェットは、参入予定の新デバイスやその使用方法についてあまり明らかにするべきではない、とも言ったのだ。

彼によると、その代わり、企業は単にそのデバイスを社会に送り出すにとどまるべきとし、後は社会がどのように受容するかを見極めればいいというのだ。

「Google Glassだけでなく、腕時計型ウェアラブルやコンタクトレンズ型端末は、それぞれが違った目的を持ち、違った用途で使われている」と彼は続け、「しかし、それが何に役立つのかといった理解は、私たち自身もしくは社会が決めることになるのである」と語った。

つまり、テラーは、デバイスの役割については、消費者自身の判断に任せろと言いながらも同時に、グーグルのような会社は、新しいウェアラブル・デバイスがどのように役に立つのか、といったことを明白にする必要があると言っているのだ。この2つは全く矛盾する主張である。

そしてこの相反するあいまいな主張こそが、グーグルがGoogle Glass使用の独自のねらいをなかなか見つけられない要因なのかもしれない。

画像提供:TechCrunch

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