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またもや自分撮り写真がインターネットを騒がせている。2011年にフォトジャーナリストのデービッド・スレイターのカメラがサルに奪われ、その時結果的にサルが撮影した自分撮りの写真が3年後の今、著作権を巡る紛争へと発展している。

そのサルが撮った写真はスレーターの意図しないうちにWikipedia Commonsへアップロードされた。Wikipedia CommonsはWikipediaの姉妹サイトで著作権フリーの画像を大量に管理している。スレーターは同サイトから問題の写真の消去を求めているがWikipedia側はそれを拒否している。その理由は水曜日に公開されたレポートにある通り、同社の見解ではスレーターはこの写真の著作権を保持していないというものだった。

「サルが撮影したので、私ではなくサルが著作者だというのが彼らの基本的な言い分です」とスレーターはTelegraphの取材で語っている。「彼らが理解していないのは、この判断は裁判所が行うべきだということです」

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実際のWikimediaの言い分は正確にはこれとは少し異なっている。サルが著作権者だというのはそもそもナンセンスだ。だがいずれにせよ、スレーターの言う通りこの問題は裁判所に判断をゆだねるべきなのだろう。

しかしそれでは面白くないではないか。

サルは見て、行動する。だがサルは所有できない

まず最初に1つ、はっきりさせたい。法律上、動物は知財を含めていかなる財産も所有する権利を持っていない。これはエステート・プランナー(財産管理人)ならだれでも知っていることだ。しかし人はこれまで何度も自分の財産をペットに託そうとしてきた。

数年前、レオナ・ヘルムスレイは二人の孫を無視してペットのマルチーズ犬、トラブルに1200万ドルを相続させようとした(かわいそうなことに親族がこの遺言に意義申し立てを行い、トラブルには「たった」200万ドルしか渡ることがなかった)。イタリアの資産家の妻、マリア・アスンタは彼女の飼い猫トマッソに1300万ドルの財産を残した。チンパンジーのカルは8000万ドルの資産を相続し、グンター四世と名付けられたジャーマン・シェパードは3億7200万ドルも託されており、これはTumblrの創業者デビッド・カープの総資産2億ドルを軽く上回ってしまう。また最近では人気テレビ司会者オープラまでもが3000万ドルもの資産をペットの犬に託すつもりだという。

ペットにとってはいい時代かもしれない。ただそれでも、それらの資産は人間の指定遺言執行者やペットが受益者となる信託口座に託される。つまりこれらセレブ・ペットでさえ直接財産を所有するわけではないのだ。

もっともサルには知的財産を所有する権利はない。ハーバード卒でライターのサラ・ジェオンは次のようにツイートしている:

「サルが撮影者であるなら、暗黙であろうが明示であろうが著作権を指定できるはずがない。だってそれはサルだから」

「サルである以上、著作権は存在しない」

これこそWikimediaの論点だ。サルは著作権を所有することができず、スレーターは自らシャッターを切っていない。この場合撮影された写真の権利は誰も所有していないことになる。WikimediaはTelegraphの取材でこのケースを回避する方法を説明しているが本件には適応できないという:

著作権を主張するためには、写真家は最終的なイメージに対して本質的な変更を加える必要があります。その場合でも、オリジナルの写真ではなくその変更に関する著作権を持つだけとなるでしょう。つまりオリジナルの写真に関する著作者が存在しないため問題の写真はパブリック・ドメインに該当します。

TechDirtのマイク・マズニックは、Wikimediaの立場を支持する、注目すべき例を挙げている。彼は1976年のコピーライト法以前、正式な著作権保護には公表された著作権表示が必要だったことを指摘し、それ以来「人々は、新しいものはすべて著作権によってカバーされるはずだと信じるように間違って訓練されてきている」と書いている。

これは確かにいい指摘で、彼の言う著作権のミニマリズムには説得力がある。

過去の「エレン」問題との関連性

自分撮りの著作権を巡ってインターネットが盛り上がったのはこれが初めてではない。今年の初め、人気テレビ司会者のエレン・デジェネレスはオスカーの会場でサムスンのためにセレブ達を囲んで自分撮りを撮影した。この撮影にはエレンのGalaxy Note 3が使われたが、最終的にシャッターの切ったのは俳優のブラッドリー・クーパーだった。

少なくとも彼が人間だったのがよかったのかもしれない。

この自分撮り画像の所有者を巡って今年の3月インターネットはしばらく盛り上がったが、エレンやブラッド自身がこれにあまり関心を持たなかったため、この議論は得に進展を見せていない(人気トークショーの司会やハリウッド映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のプロモーションなど、彼らにはもっとやることがあるのだろう)。

一方、今回の議論は3年も前に撮影された写真を巡るもので、撮影のいきさつに関する細かい情報がポイントになりそうだ。

スレーターがインドネシアで仕事をしてたとき、彼はカメラと三脚から目を離してしまった。そのすきに黒いマカクサルがそれらを奪い複数の写真を撮影した。そうして撮影されたブレた写真の中に見事にクリアな写真が混ざっており、それが今回問題の写真となっている。

スレーターは自分が写真の撮影者ではないことを認めている。一方でサルが著作権を所有することは不可能だ(この事実に何得の出来ない人も存在するようだが)。さてこの写真の著作権はカメラ機材の所有者に帰属すべきなのだろうか?直観的にはノーで、Wikimediaのリアクションも同じだ。しかしこれはそれほど単純には解決しないかもしれない。

例えば、友達から借りたノートパソコンあるいはネットカフェや図書館の共有PCを使って、Photoshopによる芸術的な作品を生み出したり、世界的なプログラムを書いたらどうなるだろう。それぞれの機材の所有者がプログラムや名画の著作者になるはずはない。しかし自分のスマートフォンやカメラで友達がななたの写真を撮るとどうだろう。その写真は彼らに帰属するのだろうか?

二人の人間が同じ知的財産の権利を求めて争う場合、様々な議論の余地があるだろう。しかしスレイターの事例では、彼だけが所有権あるいは権利を保持することができる唯一の存在だという点がユニークだ。

だからといって写真は自動的に彼のものにはならない。しかしそれは簡単に片づけるよりも、深い議論がなされるべきなのかもしれない。なぜなら著作権法にはそもそもグレーゾーンがあり、その結果は写真や動画の撮影、プログラム生成などの著作権で保護されるべき知財の作成者にも今後大きく影響するからだ。

今年の初め、私の飼い猫ゴジラが偶然私の夫のiPadのシャッター・ボタンを押してしまった。私たちはちょうどiPadで自分撮りを試していたところで、カメラアプリを起動したまま机の上に置いてあったのだ。ゴジラが誤って撮影した自分撮りの写真は、多少ぼけていたが私はとてもキュートだと思っている。

皆さんにもこの写真を是非お見せしたいが、私にその権利があるかどうか自信がない。実に残念だ。

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