私は業というものを信じ、誰もが自分の行いの報いを受ける。正しい理由で行動する人はもれなく、将来それに報われることとなる。

ただ単に他人を助けることがモチベーションとなる人のそれは「純粋な心」という。そして時折、人生最悪の時にとても大きな影響を与えるものだ。

例えば私の場合、9.11の悲劇を忘れることはないだろう。飛行機がワールドトレードセンターを直撃したあの事件が起こった時、私の会社はニューオーリンズで金融サービスの顧客向けに大きなカンファレンスを開催していた。ニュースが飛び込んできた時、私にジレンマが襲いかかった。多くの顧客はニューヨークに拠点をおいており、彼らの同僚や親戚について大きな心配が押し寄せたのだ。

だが、空港が閉鎖されている中、1,000名の来場者をどうやって帰宅させたものだろうか?

そこで私がみたのは純粋な心が起こした驚くべき瞬間だった。誰から言われる訳でもなく、コーディネーターが市内のバス会社数社に連絡を取り、借りられるだけの車をかき集めたのだ。そして州ごとにテーブルにつかせ、来場者の整理に当たった。

我々は全員を集めて状況について分かっている限りのことを伝え、そして黙祷を呼びかけた。帰宅のためのバスを手配したが、状況が沈静化してから動く方が良いという人に対しては、滞在費を負担することを伝えた。

それでもほとんどの人が帰宅を希望したので、長時間移動に備えてバスには食料と酒類を積み込んだ。

積込作業を進めていると、周りのホテルからこちらのことを何かと思い見ている人に気づいた。彼らもまた別のカンファレンスに参加していたが、開催者は何処かに行ってしまったのだという。「我々の分の部屋かバスは空きがあるだろうか?」と彼らは尋ねた。

「勿論ですよ」と我々は答えた。帰宅する来場者をバスに乗せられるだけ乗せていたのだ。

繰り返すが我々はこれらのことをこれと言った考えもなしに、コスト度外視で行った。顧客を家族の一部と考え親切にするというのは、我々の文化の一部だ。彼らがいかに恐ろしい目に遭い、そして家に帰って家族に会いたかったかを我々はわかったため、それを叶えるためにできうることを全て行ったのだ。私が純粋な心からの行動というのはこういうことだ。

その数週間後、テロ攻撃の犠牲者達にも我々はできうることをした。それには消防車5台を失ったマンハッタン市内の消防署に消防車を購入したことも含まれる。もう一度言うがPR目的ではない。

こう行った行動に対し、これまで報われたことはあったのだろうか?おそらく、我々がバスで帰宅させた顧客達は今でも我々の友達だ。だが最大の見返りは、我々が多くの人の人生にポジティブな影響を与えられたことだろう。

これに値段などつけられようか?