ほんの数年前まで、デバイス同士が相互接続するというのは夢のような話で、フィットネストラッカーなどがウェアラブルの走りだったと考えがちだろう。実際のところはその地盤は数十年前、いわばインターネットが出てくる前にできていた。

ウェアラブルIoTデバイスの可能性は大きなものだが、まず我々がどれくらいのレベルまで来たのか、そしてどれだけ多くのデバイスが世の中を変えることなく消えていったのかと言ったことが、IoTの将来の基礎となったのかを知っておくことは重要だ。人々の未来への夢がこの世界で最もエキサイティングな業界の枠組みを形作ったわけだが、その夢はいずれより優れたテクノロジーに取って代わられるであろうウェアラブルが、どうやって今日に至ったかを見ていこう。

 

最初のウェアラブルコンピュータ

驚くことに最初のウェアラブルコンピュータが作られたのは記録では1955年のことで、ルーレットの出目を予想するために設計された。開発者のEdward O. Thorpは60年代に密かにこのデバイスを使用しており、その存在が明らかになるのは1966年だが、実際はその数年前には完成していた。

 

初期のウェアラブルIoT : ヘッドマウントディスプレイ

テレビがまだエンジニアリングが起こした驚異であった時代から、ヘッドマウントディスプレイは起業家たちの興味を掻き立て始めていた。

Morton Heiligがヘッドマウントディスプレイの特許を取得したのは1960年のことだが、ヘッドマウントVRシステムが最初に作られたのは 1968年のことだ。The Sword of DamoclesはコンピュータサイエンティストのIvan Sutherlandによって開発されたヘッドマウントディスプレイは、装着するにはあまりに重く天井から吊るさなければならなかったため、その船出は見送られた。そのグラフィックは非常にシンプルなものだったが、50年ほども前にVRデバイスの走りが出ていたことには驚かされる。その一年前の1967年、Hubert Uptonはヘッドマウントディスプレイをより実用的な用途に使った。介護と読唇術だ。彼の作ったデバイスにはグラスがつけられており、これが最初のウェアラブルコンピュータの1つである。

 

セガのVRグラスとGoogle Glass

コンシューマ向けVRデバイスがここ数年で成功に至るまでにはいくつかのつまずきがあった。1993年、セガが製作したVRグラスの試作品は結局市場に出ることなく終わり、会社に莫大な支出を強いた。Googleの非常に大きな期待を集めたGoogle Glassヘッドセット(メガネのような形状をしたディスプレイを備えた完全なウェアラブルコンピュータだ)が市場に現れたのは2014年だが、技術的困難からその後すぐに勢いを失った。しかし近年、企業向けに製造業の作業者が身につけるデバイスとして再登場し成功に至っている。

 

フィットネストラッカーとその先にあるもの

Fitbitなどのフィットネストラッカーはそれ自体が新しい技術をもたらしたわけではないが、いくつかの技術を一つのデバイスにまとめたものだ。GPS、歩数計、心拍モニターなどのセンサーが多機能ヘルストラッカーの道を開いた。

フィットネストラッカーは減量や健康的な生活を目指す人達に人気だが、医療の場にも登場しようとしている。患者の健康状態をよりよく把握し、医療を効率化する点で、ウェアラブル技術は25年で医療費を2000億ドル削減するという。

 

ウェアラブルIoTの活用の現状と将来

ウェアラブルIoTの危機管理への活用についてはまだ始まったばかりだ。歩数や睡眠状態を計測する以上に、センサーとIoT技術ができることは多い。

大きな利点が望める分野の一つに危機管理がある。1960〜1970年代に起こったハリケーンの被害は数兆ドル規模の被害をもたらし、危機管理分野の成長が始まった。毎年ハリケーンが甚大な被害をもたらす中、災害からの復興はこれまでになく重要になってきている。IoTウェアラブルは被害者に救済をもたらし、はぐれてしまった家族を探したり通信が途絶えた際に安全を確保するための手段となり得る。

ウェアラブルは夜に一人で出歩く人がボタン一つで助けを呼べるなど、安全面でも人気を獲得しだしている。デバイスの中には差し迫った危機的状況を家族が把握できるよう、音声録音機能を持ったものもある。

 

歴史が物語るIoTのポテンシャル

20世紀に優れた試みによって、VRや生活を助けるウェアラブル技術が花開く状況が整えられた。この50年での進歩から、我々があとどれだけ進まなければならないのか、それらをいつ使えるようになるのかを考えるのが楽しみである。