Bitcoinは2009年から存在したが、近年になり投資家や一般人の関心を集めるようになるまで特に気にされることはなかった。この記事を書いてる時で、1Bitcoinの価格は5,600ドル以上であり、価格の高騰はすぐに治まる気配はない。Bitcoinが我々の金銭について、そしてそれをどう使うかの理解を改める可能性は本物だ。しかし疑問なのは銀行や政府はなぜこれに対して頑に反対なのだろうか? JPモルガン銀行のCEO Jamie Dimonは先日ニュースで、Bitcoinを買う連中は大馬鹿であり、政府はいつかこれを潰しにかかるだろうと語った。

Bitcoinについて馴染みがない人のために説明すると、これは2008年に生み出され、2009年に世界初の中央集約型でない(peer-to-peer)仮想通貨であり支払いシステムとしてリリースされた。これがなぜ反対されるのかを説明する前に、まずどのように運用されているのかを知る必要があるだろう。

 

これまでの取引

「銀行を強盗する最高の手段は自分でそれを所有することだ」 — William K Black

これまでの支払いシステムでは、取引を処理するための中間者を必要とした。この中間者は信頼されている人であり、その信頼とは銀行の看板で成り立っている。我々の金融イノベーションは銀行だけが持つ決済能力に依存している。金品のやりとりをごまかし無く処理するために、こういった信頼できる存在が必要となる。だが残念なことに、こうしたシステムではバカ高い手数料が徴収されることになっている。

2008年の金融危機を覚えているだろう。株式市場は崩壊し、ある国では銀行が不正を働いたことから破産に至った。信頼されている銀行は金融システムに特権的にアクセスできる存在であり、不正も行えるのだということが明るみになった。
銀行が国民に対して不正を働くとき、政府はたいてい罪に問うことに腰が重い。プライベートバンクと公的な機関である政府は大抵一蓮托生だ。米国の上院議員 Dick Durbinが言った「有り体に言えば、政治を握っているのは銀行だ」という言葉は有名だろう。

銀行のような「信頼されている」機関が貪欲に不正を働くようになるのも仕方がないことなのかも知れない。このことで徴収される高い手数料に金融機関に投下される救済予算(我々の税金からだ)、インフレなど割りを食うのは我々だ。2008年に起こったことはそれが初めてではなく、繰り返されてきた中では最も最近の合法的な銀行への反対運動である。そしてこれは近い将来また繰り返されるだろう。ではこの信頼される中間者に間違をすることなく、欲もかかないデジタルシステムに置き換えることができるとしたらどうだろうか? そんなことは無理だと思うかも知れないが、Bitcoinの登場でそうでもなくなった。

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デジタルのジレンマ

銀行にお金を預けたら、実際にそのお金を持っているのはあなたではなく銀行だ。銀行は自分の利益のためにあなたのお金を使って裏側で多くの取引を行い、あなたは手数料が課せられる。預金の行き先が銀行員に行くか担保に対する貸出に行くかはともかく、金融機関の利益をもたらすために、人々にはそうと分からない何層もの複雑なやり取りが行われている。

デジタル通貨はコピーや偽造可能なファイルであり、二重払いのリスクは常にあることはよく知られている。実際の通貨は偽造が難しくまた判別も容易なため、こういったリスクはない。銀行などの中間者の信頼も二重払いのリスクを起こさないためにある。お金を払って何かを買うとすると、誰が支払い、何を買ったかを台帳で追跡する人がいるということだ。

こうした二重払いの問題は、中央集約的なデジタル通貨が一般的になる上で常に大きなハードルであったが、それも過去の話になった。

 

出てくるべくして出てきたもの

Bitcoin白書では初めてこの二重払い問題に対して、どのような取引であれ公的に証明可能なブロックチェーンという取引記録に残されるという方法を示すという、思いもしない解決策が提示された。ブロックチェーンは暗号化された証明でリンクされた”ブロック”で構成される改竄不能な記録だ。これは大勢の人間からなる信頼のストレージであり、二重払い問題だけでなく、ハッキングを含むそのほかの不正も解決するものである。

Bitcoinが2009年に登場したのは偶然ではない。「ウォールストリートを占拠せよ」運動に結びついていく、大銀行の不正や借り手の資金の不正運用、臆面もなく(場合によっては違法に)課せられた手数料など、クライアントの信頼を裏切る行為が当時は次々と表に出てきた。Bitcoinが出てきたのは、取引に関わるのは売り手と買い手のみで中間者を排除し、手数料をなくし、取引に透明性をもたせようとしたからだ。いってしまうと不正と手数料を無くそうということだ。

その結果生まれたのは、あなたが自分の資金を管理し、それがどう動いているかを知ることができる非中央集約的システムだ。私があなたの携帯に向けてBitcoinを送金する際、そのプロセスに中間者は介在しない。私からあなたへ直接お金が動くだけだ。お金を支払い、そしてそれを所有するのは我々だけだ。

 

パラダイムシフト

今では銀行が頭を悩ます相手は他行ではない。その相手とは中央集約的でなく携帯電話に存在する次世代の銀行ネットワークであり、銀行や政府によって発行されたわけではない「デジタルの資産」である。Bitcoinは取引を行う企業や政府だけに利益があるだけではなく、社会を開放するものだ。というのも、将来スマートフォンの価格は5ドルほどになり、貧困層もこうしたネットワークにアクセス可能になるからである。

あらゆる人が財布を自身の携帯電話に持ち、仮想通貨にアクセスできるとなると湧き上がるのが「みんな通貨を持つと何が起こるのだろう」「銀行や政府に決済機能を依存しなくなると何が起こるのだろう」という根本的な疑問だろう。このこと自体が革命的だ。コントロールが効かなくなること以上に政府や金融が恐れるものはない。

金融サービス業界はRube Goldbergの機械のようなもので、物事を必要以上に複雑にしている。ある取引を行うと、それは(意味もなく)さまざまなシステムを経由し、3営業日後に決済される。こうした仕組みがより深く複雑になるほど、それを変えないことによる見返りは大きくなる。

対照的にこれが仮想通貨になれば、システムは劇的にシンプルになる。支払いと決済のプロセスはただ、ブロックチェーンという台帳への追記に過ぎなくなるのだ。

銀行が恐れるのはBitcoinのごまかしの効かなさからくるものだ。彼らは自分たちがお払い箱になるのを恐れており、Bitcoinは銀行を時代遅れのものにする可能性を秘めている。

 

これは悪魔の選択か?

Bitcoinが登場した当時、銀行や政府はこれを相手にしなかった。「バカのやることだ。そのうちバラバラになるだろう」とあざけ笑ったものだが、今や彼らはBitcoinを相手に戦いを挑んでいる。

彼らの観点から言えば、Bitcoinを無くしてしまうのがベストだということを忘れてはならない。しかしそうすることはできない。誰かがこれを掌握してるわけではないからだ。ならこれを合法化してしまおうという声が出始めたのはそのためだ。しかしBitcoinの秘匿性の高い性質から、これを合法化するのは難しくもある。だがそれは大したことではない。政府や銀行の目標はBitcoinを世間一般に大々的に拡げるのを防ぐことであり、ビジネスをこれまで通りに、自分たちがコントロールを握ることである。

変化に対する拒絶ということでもあるのだろう。だがこれは単に、銀行があと数百年生きながらえるためにBitcoinが滅ぶべきだという話では無いのではないだろうか。むしろ銀行はBitcoinをささえるブロックチェーンのことを理解し、その性質が既存のサービス体験をどう変えることができるかを学ぶべきではないだろうか。

皮肉ながらBitcoinがどれだけ伸びようとも、銀行は異なる市場に比較できないスケールで参入できるだろう。一方でEthereumというブロックチェーンベースの別の貨幣通貨があるが、これは単に取引可能な通貨であるというだけでなく、サービスプロバイダがブロックチェーンという枠組みの中で固有のアプリを配布することもできるものだ。株式取引は金融セクターの一大部門だが、Questradeのレビューにあるように仮想通貨に興味を示し始めている。銀行がこのテクノロジーに対してあがらうのではなく受け入れることを学ぶのであれば、顧客は銀行が如何に不当な立場に長くい続けたかを知るのも時間の問題だろう。

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